J-POP レビューステーション

音楽の言語化をテーマに、J-POPの名曲やアーティストをレビューするブログです。

コロナ禍で希望が崩れた学生たちに贈る名曲 ~back number「水平線」~

2020年は、スポーツをする学生たちにとって苦難の年となった。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、ほとんどの大会が中止を余儀なくされたからだ。

多くの高校生が目標とするインターハイもその1つ。
2020年のインターハイでは、開催地出身のback numberの楽曲「SISTER」が演奏予定となっていたという。

それを知ったback numberのメンバーは、インターハイ中止が決まった後、新たな楽曲を制作。開会式が行われる予定だった2020年8月18日に新曲「水平線」をYouTubeに公開する。

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リリースはされなかったものの、じわじわと人気が高まり、翌2021年のインターハイ開会式の開催日8月13日、ついに配信シングルとしてリリース。

瞬く間に全国に広まり、ビルボード・ジャパンのストリーミング・ソングスのチャートで9週連続1位を記録する。

私は、2020年の時点でYouTubeの「水平線」を視聴していたのだが、恥ずかしながらここまでヒットするとは想定すらしていなかった。

私が「水平線」を知ったのは、ASKAのFellows作詞作曲企画でお馴染み、シンガーソングライター小倉悠吾が2021年10月にYouTubeでカバー動画を公開してから。

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これは今年を代表する名曲だぞ、と思って本家を聴いたら既に昨年視聴していた、という……。
小倉悠吾の歌唱表現力が「水平線」の魅力を本家以上に引き出していた、と言わざるを得ない。

その後、ASKAのFellows作詞作曲企画でお馴染み、畑中摩美が弾き語りカバーした「水平線」を聴いて、これは感動が押し寄せてくる名曲だぞ、となった。

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ギターの弾き語りで感情を乗せてしっとり歌われると、歌詞の素晴らしさが増幅して、感傷的な気持ちが溢れ出すのだ。

それで、改めてback numberの「水平線」を聴いてみると、とてつもない名曲だ、と感じるようになった。

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この曲は、最近の楽曲には珍しく、情感豊かなイントロが長く続く。
高揚するでもなく、沈み込むでもなく、悩まし気に水上を漂っているようなイントロが30秒以上続くのだ。

イントロに続く歌から浮かび上がってくるのは、2020年インターハイ中止の光景だ。
この歌の1番は、まさにインターハイ中止に打ちひしがれる高校生へのメッセージだ。

新型コロナウイルスの流行で、高校生の様々な夢の舞台が奪われた。
だから、インターハイだけに関わらず、多くの学生たちが目指した夢の舞台の崩壊を描いているとも言えよう。


夢の舞台に向けて必死に努力する姿。それは、正しさだ。
しかし、新型コロナウイルス感染拡大を防止しするため、夢の舞台を中止して人々の命を守る。それも、正しさだ。

夢の舞台で活躍して輝かしい栄光を手に入れる。そんな希望は、はかなく消え失せてしまった。

勝者もなく、敗者もない。努力の報われる場所がなく、限界を思い知らされて挫折する場所もない、誰もが。

空高く羽ばたくでもなく、海底に沈むでもなく、まさに水平線。
その穏やかさは、美しくもあるから、それを肯定的にとらえる人だっている。

しかし、当事者は、地獄のような苦悩にあえぐ。
そんなやり場のない悲しみも、長い目で見れば糧となり、いつか貴重な経験として、まるで水平線から昇る朝日のように光を放つときが来るだろう。

そんなメッセージが沁み渡ってくる1番の後、2番ではその後の人生に向けたメッセージが描かれる。

自らを客観視できる広い視野を持ち、自分以外の人たちにも思いやりを持てる人間になってほしい。
いろんな人と出会いながらも、避けられない別れは訪れるけれども。

これから生きていく競争社会の中では、もしひとつ夢を叶えて称賛を得ても、その陰で夢破れて悲嘆にくれる人たちが必ずいる。

どんな事でも継続するには忍耐が必要で、試行錯誤しながら追い求めていくのが自らの人生なんだよ。

これからの生き方へのメッセージがこもった2番の後の大サビにきて、初めて、メッセージを送り続ける私が姿を現す。
私は、大人になって大衆に紛れて平凡な毎日を過ごしながら、価値ある存在になろうと、未だ必死にもがき続けているよ、と。

制作者である清水依与吏が魂をこめたメッセージが、優しく諭してくれるようなメロディーに乗って、最初から最後まで心に響き続ける。

「水平線」は、今後の音楽の教科書に載ってほしいほどの名曲である。