J-POP レビューステーション

音楽の言語化をテーマに、J-POPの名曲やアーティストをレビューするブログです。

ASKA「はじまりはいつも雨」30周年 今こそ語りたい編曲革命とピカルディ終止

1.発売30周年記念日に『「はじまりはいつも雨」を語ろう』企画

2021年3月6日は、ASKAさんの名曲「はじまりはいつも雨」発売30周年記念日。

Fellowsの間でASKA公認ライターと評されているs.e.i.k.oさんが2021年3月6日に『「はじまりはいつも雨」を語ろう』というお祭り企画を立ち上げた。

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もちろん、私も、微力ながら参加させていただきたい。

1991年3月6日の発売から30年たっても、雨の名曲特集では必ず取り上げられるほど、現在も人気は圧倒的。
ロングセラー曲としても有名で、2010年には『FRIDAY SUPER COUNTDOWN 50』の20年間トータルランキングで1位に輝いた。まさに平成最大のヒット曲と言っても過言ではない名曲だ。

だから、この曲の魅力は、もはや語り尽された感はある。

至福感に包まれながらも、かすかな感傷を呼び起こすメロディー。
雨の暗いイメージを幸福の象徴へと大きく覆した、散文詩のような歌詞。
メロディーに愛の感情を的確に乗せる、甘く繊細な歌唱、などなど……。

まだあまり語り尽されてないことがあるとすれば、それは編曲の完成度だろうか。

2.「はじまりはいつも雨」は、J-POPの編曲革命だった

当時の様々な流行歌を今、聴いてみると、イントロ・間奏・アウトロに同じメロディーや歌メロディーを多用していることに気づく。

しかし、「はじまりはいつも雨」は、それがない。

イントロ、1番と2番の間奏、2番と大サビの間奏、アウトロとすべて異なるメロディーにして、歌のメロディーも一切使っていない。
何度聴いても飽きない趣向が凝らされているのだ。これは、CHAGE and ASKA最大のヒット曲「SAY YES」にも言える。

さらに、「はじまりはいつも雨」は、歌メロディーの裏でも、オリジナリティー溢れるメロディーを配している。特にサビで奏でるメロディーは、ASKAさんの歌唱と絶妙に融合する。

この曲の編曲者は、澤近泰輔さん。CHAGE and ASKAバンド、ASKAバンドのキーボーディスト、およびバンドマスターを務めてきた。
CHAGE and ASKA不動の人気ナンバー1曲「PRIDE」、ASKAの復活曲でYouTubeの急上昇1位を獲得した「FUKUOKA」の編曲者でもある。

CHAGE and ASKAは、1980年代終盤から1990年代前半にかけて、大きな飛躍を果たした。それは、澤近泰輔さんが加わってからの時期と重なる。もう1人「SAY YES」を編曲した十川知司さんと並んで、CHAGE and ASKAの躍進を裏方として支えた功労者なのだ。

澤近さんは、「はじまりはいつも雨」の編曲で、キーボード、ストリングス、ギターの音色を巧みに配置して、移り変わる情景を描写している。そのため、楽曲全体がまるで映画音楽のように仕上がっている。
あの時代、流行歌にこれほど芸術的で先進的な編曲を施す編曲家はいなかった。だから、私は、澤近さんの数々の名編曲に魅了された。

「はじまりはいつも雨」の編曲の中では、私は、1番と2番の間奏が好きだ。
恋人と会う前のシーンから、恋人と会った後のシーンへの移り変わる間の心のときめきを見事に表現している。

3.バロック音楽で有名な「ピカルディ終止」がJ-POPの1番で使われた驚き

そして、もう1つ、この曲で特筆すべき編曲は、演奏も歌声もすべて止まる空白の一瞬である。1番の前半で、恋人を雨の中連れ出す場面と、彼女の名前を呼ぶ場面を切り替える一瞬の間。
音楽用語ではブレイクと呼ぶらしい。
2人が雨の中を楽しくデートする情景が思い浮かぶ最も雄弁な空白は、文学の行間のような芸術だ。

私は、初めて「はじまりはいつも雨」を聴いたとき、この一瞬の空白に、あまりにも大きな衝撃を受けた。何なんだ、この鮮やかな切り替えは、と。

なぜこれほどまで、この場面に魅かれるのか。

これまで自分でも分からなかったのだが、最近同じような感覚の方から聞いた話によると、そこには「ピカルディ終止」という技法が使われているのだという。
マイナー調の最後の主和音をマイナーコードではなくメジャーコードに変化させ、少しどんよりした雰囲気の中に明るさを与えて終わらせる。バロック音楽でよく使用される技法である。

通常は、楽曲の最後に使用するのだが、「はじまりはいつも雨」では前半の場面切り替えで使用している。
この曲の1番は、Aメロ、Bメロ、Aメロ、Bメロ、サビの流れ。ピカルディ終止を使用しているのは、BメロからAメロに戻る箇所だ。
この使い方は、極めて珍しいそうで、それがこの楽曲の魅力を倍加させる。
ASKAさんと澤近さんのどちらが考案したのかは不明だが、発売30年後に注目するならここだろう。
この頃から彼らは、J-POPとクラシックの融合を試みていたのだ。

楽曲の前半で音を止めて場面を切り替えるブレイクの芸術は、最近の音楽にも生かされている。米津玄師さんの大ヒット曲「Lemon」には、Aメロの途中ですべての演奏と歌唱を一旦止める瞬間がある。思い出を呼び起こす場面と、思い出を語る画面との切り替えに使っている。
このブレイクから、私は、すぐ「はじまりはいつも雨」を思い起こした。
米津さんがASKAさんを意識しているかどうかは不明だが、当時の手法が若いアーティストにもしっかりと引き継がれている。

だからこそ、「はじまりはいつも雨」は、今、聴いても、古さを感じない。

1991年当時、「はじまりはいつも雨」は、3か月もCD欠品が続くロングセラーとなり、さらにはミリオンセラーを達成。J-POPが一気に革新した。
そんな普遍の名曲だからこそ、30年間にわたって多くの人々に愛されてきたのだろう。そして、これからもきっと様々な人々に幸福を運んでくれるにちがいない。